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トランプ政権に過度に失望すべきでない

中国との「覇権交代」はまだ遠い


連日メディアを賑わす大統領選へのロシア介入疑惑や、パリ協定からの離脱宣言など、トランプ政権をめぐるネガティブな話題には事欠きません。逆に、そうした米国の「オウンゴール」に乗じているのが中国です。トランプ政権の保護主義的な「アメリカ・ファースト」に対しては、習近平主席が、ダボス会議で「中国は自由貿易を守る」と宣言して喝采を浴びました。米国のパリ協定離脱直後にも、李克強首相がドイツのメルケル首相や欧州連合(EU)首脳と会談し、同協定の堅持を明言してヨーロッパの人々の歓心を買いました。

果たして、これまで数十年にわたり自由と民主主義の旗手であった米国はトランプ氏によって孤立と衰退の道をたどり、かわりに中国が自由貿易や環境保護の旗手となって世界をリードしていくのでしょうか。実際、リベラルな米主流メディアの嘆きぶりをみると、米国は本当に変わり果ててしまったかのように感じられます。

しかし、残念ながら(?)、実態はかなり異なっています。トランプ政権は非難されるほどには狂っておらず、中国は見かけほどには頼りになりません。実際、トランプ氏個人の言動にはかなりの危うさがあるとはいえ、脇を固める主要閣僚は、ティラーソン氏(国務長官)、マティス氏(国防長官)をはじめ見識も経験も豊富な人が多く、政権批判が行き過ぎて現在の陣容が崩されるようなことがあれば、こちらのほうがむしろ危ういと思えるほどです。

コミー前FBI長官の議会証言も、注目を集めたほどの内容はありませんでした。トランプ氏は、FBIの捜査対象となっていたフリン氏に関して「フリンはいい奴だ」と、捜査をけん制するかのような言動を取ったと言いますが、明確に捜査を中止しろと命じた事実はありませんでした。それこそ「ご意向」と「忖度」レベルです。逆に、この疑惑に関して大統領自身が捜査対象となっていなかったことも明らかになりました。

パリ協定の離脱についても、確かに世界的な機運に水を差したというマイナス面はありますが、規定により3年間は離脱できないため、米国がこの枠組みを正式に外れるのは2020年11月以降だとされています。逆に、中国はパリ協定に留まるとしていますが、もともと「2030年に排出量の『増加』をゼロにする」という目標のため、それまでは実質的に排出増であり、途上国への資金援助の義務もありません。現在の深刻な大気汚染なども含め、とても環境保護でリーダーシップをとれる状況にはないのです。

さらに、悪名高い「移民の入国一時停止」の大統領令についても、方法は拙速であったものの決して想像されているような移民の締め出しではなく、入国審査体制の再構築にすぎませんでした。実際に、一時停止措置が実現していたとしても、トランプ政権は年間5万人の移民を受け入れる計画でした。逆に、中国は6月1日に「インターネット安全法」を施行し、ウェブサービスの利用に身分証の提示を義務付けるなど、思想統制の度合いを強めています。貿易などの通商問題についても、鉄鋼の過剰生産などに改善の兆しは見られず、今回のEU・中国首脳会談でも、この問題がネックとなり共同声明を出せなかったほどです。

安全保障に関しても、当初、米軍駐留費用の負担をめぐって、トランプ政権が日本や韓国に厳しい態度をとるとの見方もありましたが、マティス国防長官の安定感は、オバマ前政権と比べて格段に頼もしいものがあります。北朝鮮の核ミサイル開発問題に対しても、空母2隻を朝鮮半島近海に展開して圧力をかけつつ、あくまでも外交的解決を目指す姿勢を明確にするなど、非常に合理的な対処をしています。また、5月には現政権下では初めてとなる「航行の自由作戦」を行い、中国の南シナ海への軍事進出をけん制しました。

トランプ大統領のキャラクターと、主流メディアによるネガティブ・キャンペーンが米国の実像を歪めていますが、この国は依然として三権分立が機能する自由と民主主義の国であり、現政権も総じて平均的な共和党政権です。実際、万一、トランプ氏が弾劾されてペンス大統領になったとしても、主要政策に大きな変更はないと見られています。

一方で、中国は思想統制をおこなう共産党一党独裁の国家であり、自国中心的な通商、外交、軍事政策を取る厄介な国です。ロシアや北朝鮮も含め、まだまだ安全保障上のリスクが多い東北アジアにあって、日米韓、さらには台湾、オーストラリアなどとの連携が重要であることには変わりありません。中国に対する過度の期待も、アメリカに対する過度の失望も、ともに禁物なのです。(O)

トランプ政権に過度に失望すべきでない

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