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情報洪水時代の「知る権利」

〜なぜ検察不起訴が相次ぐのか〜

順天堂大学国際関係論講師 水野 達夫(元ネパール大使)


学校法人「森友学園」や「加計」問題が新聞の第1面を飾り、国会が紛糾してから久しいが、5月中旬、大阪地検は、虚偽公文書作成容疑で告発状が出ていた佐川前国税庁長官を不起訴(嫌疑不十分)とする方針を固めた、と各紙は報じている。

私のように、40年近くを国家公務員として霞が関に勤務したものにとっては、「むべなるかな」「当然の結論」という感が強い。

直接の容疑は、国有地売却などに関する14の決裁文書があちこちで改ざんされたり、元々添付されていた手書きのメモ片が取り除かれている、というもので、それが「虚偽公文書作成罪」に当たるかどうか、というものであった。この一点だけを見ると、真実を隠ぺいしようとする悪意の行為のように見えるかもしれないが、物事というのは色んなケースや一般的実情を踏まえて、予断を持たず多角的に見ることが必要であり、それが正に法律家や裁判所の厳正中立・公正な態度なのであろう。

霞が関の国家公務員生活は、国会からの質問に答えたり、資料作成をしたり、国会議員先生にご説明に伺ったりで1日の半分は取られてしまい、帰宅は大概深夜になる。最近は、公費によるタクシーでの帰宅も難しくなり、泊まり込みも多い。国会答弁資料を作成するときには、忙しい国会議員先生にひと目で見てわかりやすいものにする必要があり、分厚い資料の束を添付したりすると、「馬鹿者!こんな分厚い資料を誰が読むのか!要点を紙1枚にまとめろ」と怒鳴られて突っ返されるのが常である。そして、要領よくまとめるのが上手な者が優秀とされる。

こういう「簡にして要」が求められる雰囲気だから、国会から資料提出を求められても、元々添付されていた手書きメモなどは非公式の個人的なコメントとして取り除かれるのは当たり前であり、決裁欄にある個人名の特定できる押印部は、個人情報との兼ね合いから伏せてコピーするのが一般的である。さらに、要点を際立たせるために、一部ページを取り除いたり、省略し、ページ数を減らすこともしょっちゅうである。

これらは、正に国会議員先生からのお叱りで生まれた慣習で、公務員一人一人は、それに応えるため法に基づき厳正中立にまじめに日夜努力している。

ひと昔前、日本の国家公務員は、「世界で一番優秀」と言われたが、今でもそれは変わらない。首相や大臣がくるくる変わっても、法に基づき国を安定的に運営できるのは、正に優秀な公務員のおかげであり、日本の公務員には「日本の経済復興を支えてきたのは自分たちだ」という自負がある。その優秀さ、まじめさは世界が認めるところで、例えば、PKOで海外に派遣されたわが自衛隊の働きは、世界で絶賛され、日本の名誉を高めている。

それを、一部議員先生のお気に召さないように削除したから、というこじつけの理由で、「虚偽公文書作成罪」だなどと騒ぎ立てるのは、現場を知らない素人の言うことだろう。

加計学園の問題で、そもそも総理が「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」とコメントしたとしても、それは国会で議決された国家戦略特区の法制に基づき、岩盤規制に穴をあけるという意味で「いいね」と総論的にコメントしただけであって、実際の設立認可の手続きを曲げてまで進めろ、という意味では絶対にない。

戦後70年談話や北朝鮮情勢で1分刻みの忙しさの中で、総理が手続きの詳細にまで介入できるほど総理の仕事は暇ではない。その証拠に、開学審査に携わった委員の先生は、全員「総理からの指示や介入はなかった」と口をそろえて証言している。

つまり、一連の問題は、違法性の問題ではなく、国会答弁での言葉の綾(あや)を捻じ曲げて政局を揺さぶろうというのが批判側の真の狙いであること、他方、安倍政権は世界をリードする政権として世界から一目を置かれており、米タイム誌の今年の「世界の100人」の中でも安倍首相と孫正義氏が選ばれている、という事実を国民は見落としてはならない。

「国民の知る権利」は大切にされないといけないが、情報のあり余る今日の社会では、すべての情報を流されては忙しい国民はついていけない。情報洪水の中では、面白おかしいフェイクニュースばかりが幅を利かし、国民はかえって真実から遠ざかってしまう。重要度に応じ法的整合性も踏まえて取捨選択された情報がますます重要であり、重箱の隅の情報だけをこれでもかこれでもかと流すだけでは国民に間違ったイメージを与えかねない。

今や国民にとっては「フェイクニュースを流されない権利」の方こそ強調されるべきではないのか。何が重要で何が末節かは、優秀記者を抱えるマスコミがリードする部分が多く、その責任は重い。今回の検察の不起訴決定を、一つの区切りとして、我々一人一人が重く受け止めるべきだろう。

情報洪水時代の「知る権利」

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