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「韓」察眼~現地日本人記者が見つめる韓国社会〜 Vol.56

韓国で新型肺炎の感染者拡大

~保守派、中国の顔色をうかがう文政権に批判~

text by 早田亮


韓国で南東部の大邱市とその周辺にある自治体を中心に、新型コロナウイルスによる肺炎の感染者が急速に拡大している。2月29日の時点で感染者はすでに3000人を突破。病床が不足するなど、現地の医療体制は限界に達しているようだ。韓国からの入国を禁止している国・地域も73に及ぶ。

青瓦台のホームページ、文大統領の弾劾を求める意見が百万件も

韓国では2月に入ってから、春節が終わって韓国に入国する中国人留学生に対する警戒感が強まった。医療の専門家を中心に7万人といわれる中国人留学生の入国を禁止すべきとの意見も出ていた。留学生の中にはすでに新型肺炎に感染した学生いるかもしれないためだ。

実際、大学内の寄宿舎に住んでいる中国人留学生はごくわずか。大学の外でアパート生活や下宿生活を送っている中国人留学生の行動をモニタリングするのは不可能だ。ところが、ふたを開けてみると「韓国の方がもっと危険」ということで、韓国への入国をキャンセルするといった状況となったのは、皮肉な話しだ。

何はともあれ、新型肺炎の感染が広がる中、保守系を中心に文在寅(ムン・ジェイン)政権の優柔不断な態度に対する韓国人の怒りが表出している。伝染病で毎日数十人が亡くなっている中国から1日に2万人もの中国人が韓国に入国してくるのにそれを統制するどころか、中国の顔色を伺っていたという理由だ。

韓国では4月に総選挙を控えている。新型感染の拡大は政治問題化している。青瓦台(大統領府)のホームページには、文在寅大統領の弾劾を求める意見が百万件も集まっており、優勢とされた革新系与党「共に民主党」にとって逆風となりかねない。

新任中国大使「韓国はWHOの規定を守れ」

保守派が「中国の顔色をうかがっている」と文大統領を批判するきっかけとなったのは、新たに韓国に赴任した中国人大使が2月4日に中国大使館で開いた記者会見だった。まだ信任状を呈上してもいない状態だったので、本来ならばあるはずがなかったのだが、この異例ともいうべき記者会見で、新中国大使は「韓国人は『中国人の入国を禁止しよう』などと言わず、WHOの規定を守れ」と発言したのだ。多くの韓国人はその流ちょうな韓国語と、その上から目線の発言に2重の驚きを覚えた。

一体、この中国人大使は何者なのか。彼の名は邢海明(シン・ハイミン)。1964年生まれで、28歳でソウル勤務を開始した邢大使は今年56歳になって、再びソウル勤務となった。

邢氏の経歴はいわゆるエリートのそれとは大きく異なる。平壌市の近くにある沙里院(サリウォン)農業大学を卒業して、1986年の22歳の時に中国外交部に入った。最初の海外勤務地は平壌で、88年から3年間過ごした。続いて92年8月の中韓修交で新たにソウルに設置された中国大使館に着任し、95年までの3年間活動した。03年に今度は参事官として3年間ソウルに勤務。06年からは再び平壌市で2年間勤務した。そして08年に公使級参事官として3度目のソウル赴任し、3年間勤務した。

つまり、今回は邢氏にとって4度目のソウル赴任となる。今まで34年間の外交官生活のうち、本部勤務5年と駐モンゴル大使勤務4年を除いた25年を朝鮮半島で活動したことになる。このような経歴を持つ中国大使は初めてという。したがって当然、邢氏は中国外交部を代表する「朝鮮半島通」ということになる。消息筋によると、彼は平壌の言葉使いとソウルの言葉使いを完璧に使い分けることができるという。

中国に詳しい専門家によると邢氏の「邢」は、中国国内での131番目に多い姓で、河北と河南に多く居住しているらしい。韓国と遠い縁の東夷と血縁があったり、東夷たちと親交があったりしたという説もある。そのためか、邢氏は外交官らしくなく、迂回せず直線的に意思や感情を表示する性格のようで、韓国人の性格と共通点が多いというのがもっぱらのうわさだ。

その一方で、韓国外務省の間では「ソウルスクールが在韓中国大使に着任する新しい流れができる」とみる人もいるという。これまでの駐韓中国大使は、北朝鮮の専門家か日本の専門家が多かった。今後、韓国の事情に詳しく、ソウルで外交官キャリアを積んだ中国の外交官が今後も韓国大使に赴任する可能性もあるということだ。

ただ、これが韓国の国益にとって良いかどうかは分からない。ただはっきり言えることは、そうなった場合、韓国が中国を知る以上に、中国が韓国を把握するだろういうことだ。現在、中国に韓国人大使として勤務している人は、文大統領の近い、財閥に批判的な学者であるという。

朝鮮半島に対する中国の出方を知る上で、新大使の一挙手一投足に注目が集まりそうだ。

(そうだ・りょう=在韓ジャーナリスト)

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