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「トランプ」か「反トランプ」しかない米メディアの現状

大統領選まで20日 分断深まる米国

11月3日の米大統領選挙まで20日を切りました。選挙戦は佳境を迎えています。

9月29日には初の公開討論会が行われました。大統領候補2人による初の直接対決は、非難の応酬となり、米メディアは「討論とは言えない」「これまでで最もひどい討論会」など評価は散々でした。

10月2日には、トランプ大統領夫妻が新型コロナウイルスに感染したことが「オクトーバーサプライズ」として大きく報道されました。

しかし、トランプ氏は選挙戦再開を急ぐため、3日間で退院、巻き返しの機会とみていた15日の2回目のテレビ討論会が中止となるなど米大統領選は前代未聞の事態が続いています。

10月9日から13日に実施された世論調査によると、バイデン氏の支持率が51.5%、トランプ氏が41.7%とバイデン氏が10%ポイントリードしています。世論調査の結果を受け、バイデン氏の勝利は「確実」と語る識者がいる一方、「まだわからない」との声もあります。

トランプ氏は4年前もクリントン元国務長官に支持率で終始劣りながら勝利しました。「世論調査が信用できない」状況になっているのは、調査に正直に答えない「隠れトランプ支持者」が存在しているからです。今回の大統領選についても同じ事態が起きる可能性を排除できないため、世論調査の結果や事前の報道を鵜呑みにすることができません。

リベラル派が多数派の議論を形成している米学界では、特にトランプ以降、以前は共和党を支持していたような人たちがそれを表明すると社会的に排除されるという雰囲気が生まれています。異なる政党や考え方に対する寛容さが失われつつあり、社会の分断がいっそう進んでいます。

このような社会の分断を加速させている要因の一つはメディアの姿勢だという指摘があります。米国の新聞は、大統領選で特定候補への支持を明確に打ち出すことが多く、米国のワシントン・ポスト紙は9月28日の紙面で、ジョー・バイデン前副大統領への熱烈な支持を表明しました。

大統領選を報じるメディアの姿勢は「トランプ派」か「反トランプ派」かの違いに終始していて、政策の本質的な相違点やその影響を国民に正しく示していないのではないでしょうか。

例えば米メディアの多くは、トランプ氏よりバイデン氏のほうが人権を重視しているかのような論調を展開していますが、中国によるウイグルやチベット、南モンゴル、香港での人権侵害に強硬に反対しているのはどちらなのでしょうか。

国内での人種差別問題についても、BLM運動が警察を敵視しているとして警察擁護の姿勢を強めるトランプ氏に対し、メディアは黒人公民権運動の否定のように捉えています。しかし、トランプ氏の主張は一部で単純な暴徒に対して「法と秩序」を求めているものだともいえます。

米リベラル紙の代表格であるNYタイムズは、かつて紙面の売れ行きが落ち込み、経営は危機的な状況でした。しかし、トランプ大統領との対決姿勢を鮮明にすることでウェブ版の購読数はうなぎ登りに。今年4月には、紙媒体を合わせた総購読者数は600万人の大台に達しました。

同紙で2011年から3年間にわたり編集長を努めたジル・アブラムソンさんは、その著書『真実の商人』の中で「バケット現編集長の新聞は紛れもなく反トランプだ」「記事の見出しには反トランプの意見が露骨に掲げられており、分析記事とされるものも同様だ」と述べています。自身はリベラル派でトランプを良しとしない彼女の意見は無視できません。

一方、保守系メディアの報道についても、保守層の読者、視聴者を食い止めるため政権を批判できなくなり、保守派の中の多様性が失われてしまうのではないかと懸念されています。

米国では左右の支持層それぞれの好みに合わせた情報の提供が行き過ぎ、「事実関係を冷静に中立的に伝える」という客観報道の原則が揺らいでいます。メディアは主権者である市民に基礎資料となる情報を正確に伝えなければなりません。

極端な両論のみを紹介し、そのどちらかを支持する国民によって構成される社会は決して明るくありません。それはトランプ、バイデンのどちらが大統領かということよりはるかに深刻な事態なのかもしれません。

(H・S)

「トランプ」か「反トランプ」しかない米メディアの現状

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