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リアル・アメリカ〜知られざる政治経済・社会・メディアのいま〜 Vol.87

米国と北朝鮮から見た朝鮮半島のゲーム理論

text by 渡瀬裕哉

バイデン政権の北朝鮮政策が徐々に動き始めている。バイデン政権発足当初、同政権はパンデミック対策やインフラ投資政策などの国内政策に対して優先的に取り組んできた。また、外交安全保障政策に関しては対ロシア・対中国政策を優先しており、中東での不毛な戦争から撤退を推し進める一方、朝鮮半島政策を重視しているとは言えない状況となっていた。

米政府、対北朝鮮で中国を含めた多国間協議に回帰

政策の優先順位としてバイデン政権の判断は極めて正しい。同政権にとって朝鮮半島情勢は他の重大な懸案事項と比べて優先すべき理由は存在していない。世界各国がパンデミックへの対処に明け暮れる中、北朝鮮のパンデミック対処の不備に起因するリスクに優先的に対応しなくてはならないのは中国と韓国であることは言うまでもない。そして、このような不安定な国際環境下では、北朝鮮も核開発やICBM開発などによる外交交渉を一旦ペンディングせざるを得ないだろう。北朝鮮の目的はあくまでも援助を引き出しつつ、核開発などを継続することであり、前者が得られる見込みがない中であえて無理をする必要はない。

バイデン政権はウェンディ・シャーマン女史を国務次官の地位に就けている。彼女は1990年代の北朝鮮との核交渉に従事した人物であり、イラン核合意を主導した経歴を持っている。核拡散防止に関する外交キャリアを持っており、同分野に関するエキスパートだと言えるだろう。バイデン政権の外交安全保障に関する中心メンバーはイラン核合意で活躍した人々が中心であり、東アジアで核交渉に当たったシャーマンが対北朝鮮政策の中心人物であると見てほぼ間違いないだろう。

そのバイデンの対北朝鮮政策の方針は多国間協議であるようだ。それも中国も含めた周辺国との協力を視野に入れたものが想定されており、バイデン大統領自身の論稿や政権メンバーのコメントなどでも同様の趣旨が語られている。米国の朝鮮半島に対する基本的なスタンスに回帰するということだろう。

米国以外の交渉窓口模索する北朝鮮

これはトランプ前大統領が北朝鮮の金正恩と直接対面交渉を行っていた方針とは大きく異なるものだ。トランプ前大統領は盛んに挑発を繰り返す金正恩に対し、米国大統領として第三国で直接面談する機会を与えていた。北朝鮮側としてはトランプ前大統領に面談して交渉機会を得て体制保証を勝ち取ることができたし、トランプ政権側も北朝鮮が核実験とICBM開発をストップすることは交渉の成果と言うことができた。金正恩とトランプ前大統領にとっては第三国の介入は無価値であり、外交交渉上の成果としてお互いに最大の便益を享受することができる体制であった。

バイデン政権が多国間交渉にシフトすることは、北朝鮮にとっては米国大統領からの体制保証が直接的には得られなくなることを意味する。(ただし、バイデン政権でも米国が北朝鮮を攻撃する可能性は極めて低い。)そのため、北朝鮮にとっては米国以外の国とも外交交渉を行う必要が生じる。その証左が南北朝鮮のホットラインの復活であると言えるだろう。

日本政府にとって積極的な対北朝鮮外交の好機

これは日本にとってもチャンスであり、膠着した拉致問題を一歩でも前に進める可能性が出てきたことを意味する。トランプ政権は拉致問題は大統領が口では言及するものの、一歩も前に進むことはなかった。これは当然のことであって、上述の通りそれを進める政治的な動機は北朝鮮側には一切ない。しかし、現在のように外交フェーズが多国間交渉に移行するとは、日朝交渉の可能性を探る価値がもう一度出てくることを意味する。

パンデミックや米中対立の陰で、日本と北朝鮮の交渉を密やかに進める好機が到来していることを意識し、日本政府は積極的な外交交渉に打って出るべきだろう。

(わたせ・ゆうや=国際情勢アナリスト)

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