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「自由で開かれた国際秩序」への信頼に黄信号?

試練を受けるグローバル民主主義の前提~経済や安全保障への貢献にも疑念~


元「エコノミスト」誌編集長で、知日派として知られるビル・エモット氏の最新作「『西洋』の終わり」が欧米で話題となっています。同書は、欧米先進国や日本の繁栄の基盤となった「平等」と「開放性」が、衰退の危機にあると警鐘を鳴らしています。

エモット氏は、第二次大戦後の歴史において、私たちが両親から受け継いできた西洋のオープンな自由民主主義の価値観やその恩恵に対し危機が迫っているのではないかとの視点から、本書の執筆を始めたといいます。そして、特に2008年の世界金融危機がその後の経済の緊張や格差の拡大をもたらし、経済的な破局が開放された市場への不信感を抱かせる要因になったと指摘しています。これを境に、世論や政治思想が、西洋的な考え方に反発する動きを示すようになり、「西洋の価値観が危機にさらされている」と意識し始めたというのです。

同様に、米シンクタンク「フリーダム・ハウス」は2017年の研究報告書に『Populists and Autocrats: The Dual Threat to Global Democracy (ポピュリストと独裁者:グローバルな民主主義に対する二重の脅威)』というタイトルを付けました。

このように、現在私たちが直面しているのは20世紀を通じて築かれた価値の基盤が揺らぐような転換点なのかもしれません。

振り返ってみれば、自由民主主義が掲げる、自由で開かれた国際秩序に信頼が寄せられていた前提には次のようなものがありました。

第1に、自国内における自由、人権の尊重、法の支配といった価値体系を重視することで基本的人権に対する意識が高まりました。人権の擁護と平等への意識、そして法の支配によって、人々の政府や市場に対する信頼が強まり、結果として資本主義の発展につながりました。経済発展とともに、富の再配分が進み、さらに消費の担い手となる多くの中間層を拡大させました。

第2に、開かれた国際秩序のもとグローバル化によってもたらされる恩恵です。国境を越えた資本の移動や生産物、サービスによって世界の貿易額は飛躍的に増大し、経済成長の原動力となりました。このようにして実現した富の拡大は世界の貧困率を大きく改善させ、保健、教育分野でもその指標を上昇させました。

第3の前提は、欧米の先進的な民主主義国家が、自由貿易体制や安全保障などのいわゆる国際公共財を提供できたという点です。とりわけ米国は基軸通貨や金融秩序を提供することで国際機関や枠組みを主導するだけでなく、圧倒的な軍事力を背景に同盟関係を構築することで安全保障秩序の維持を担っていました。

しかし、こうした前提が現在、大きな試練を受けています。

経済発展と民主化の関係は曖昧になってきました。ロシアや中国における国家指導者への権力集中、中東の混乱と権威主義の台頭、アジアにおける政治的緊張や国家の経済への介入など、経済発展をめざすこうした新興国で民主化が進んでいないという状況が生まれています。

先進国でも、低成長と社会の高齢化の中で、富の再分配をめぐり民主的な手続きに対する不満が高まっています。中間層とよばれる人々の不満の高まりはグローバル化に対する疑念の高まりであり、これがグローバル化を推し進めるエリート層とのかい離を生んだのです。

こうした状況の中で日本に必要とされているのは、自由で開かれた民主主義の価値観をしっかりと守りつつ、安倍首相が進める「価値の外交」で同盟国の連携を深化させることでしょう。同時に、こうした価値観を相容れないものとする国や地域に対しても、これを切り捨てるのではなく、粘り強く関与しつつ民主化へと導く努力が求められています。とりわけアジア太平洋地域の自由民主主義のリーダーとしての日本には、韓国、オーストラリア、ASEAN諸国、インドなどとの戦略的関係を強化しながら、これらの国々の同盟国である米国をアジア太平洋に、より関与させる責任があるのではないでしょうか。(S)

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