政治・経済

トルコの選挙結果を読む

〜かなり機能した民主主義〜

text by 山崎善博


トルコの「国と国民の運命を変える」と内外で注目された大統領選挙と国会議員選挙が6月24日、終わった。関心の高さは「投票率87%」に現れ、結果は現職のタイエップ・エルドアン大統領(64歳)が投票の53%を確保し、2期目・5年の任期を決めた。中道左派の「共和人民党(CHP)」を基盤に善戦したムハレム・インジェ氏は、31%もの票を集めたが、早々に選挙結果を受け入れ、目立った政治・社会混乱もないようだ。

国会議員選挙のほうはエルドアン大統領が党首の与党「公正発展党(AKP)」が議席の過半数を割る番狂わせがあった。それでも与党連合を組む右派の「民族主義者行動党(MHP)」が投票の11%を獲得し、2党合わせて議会の過半数を占め、権力と議会のねじれ現象を回避した。結果から言えば、選挙前と同じ権力基盤を維持したわけだ。

トルコの国会選挙では、小党分立の弊害を避けるため、投票総数の10%を確保した政党のみが国会に議席を持てるが、今回この境界線を超えた政党は、上記のAKP=MHPの与党連合と、最大野党のCHP、それにクルド人の政治勢力である「国民民主主義党(HDP)」だ。同党のセラハッティン・デミルタシュ党首はこの間、「テロ関連容疑」で収監されたままで大統領に立候補し、本人の政見放送まで流された。

政府・与党の「職権濫用」を疑わせる報道・宣伝・動員の実態は、お世辞にも公正・公平とは言えない。それでも大統領のお膝元であるAKP以外の政党が、かなり善戦している事実を見れば、トルコの民主主義はかなり機能していると言わざるを得ない。今回の選挙結果を受けて、大統領の権力集中は独裁の段階に至るのでは、との憂慮も広まっている。しかし選挙前の段階で、大統領は立法・行政・司法の3権と軍、情報機関を指揮下に置き、これ以上のシステム強化は不要なほどだ。そうした体制を過半数の有権者が容認したのだ。

彼らの心証を忖度してみれば、中年の有権者ならAKPが政権を掌握する前の1990年代に政治・経済が混乱した記憶があるだろう。もう少し年配なら、政党政治の混乱・腐敗を収拾する名目で軍事クーデターがほぼ10年に一度起きた1960-80年代の教訓があるはずだ。トルコの外に目をやれば、隣国のシリア、イラク、イランはどれも先行き不透明だ。シリアは内戦を自国で収拾できず、混沌からの出口が見えない。イラクでは北部のクルド地域で「独立」賛成の住民投票が強行され、クルド問題をめぐる緊張は、トルコを含む地域の最大の不安定要因になりかねない。イランの核・ミサイル開発をめぐる情勢は、イスラエル・サウジアラビアまでも巻き込む「戦争前夜」の趣だ。こうした内外情勢が、権力の集中による「強いトルコ」「安定したトルコ」を望ませたものと思われる。

「富の集中」がメリットを産むこともエルドアン体制の15年間、多くの国民が身をもって体験したことだ。トルコ国民の4分の1が集まるイスタンブールで言えば、この街を欧亜に分けるボスポラス海峡は、新たに2本の海底トンネルと3本目の海峡大橋で結ばれた。交通・通信・公共インフラ整備と、斬新なデザインの高層ビルが次々に建築され、不動産バブルが心配になるほど、街の景観は急速に変わりつつある。「開発独裁」の効率の良さはシンガポール・マレーシア・中国で実証済みだが、トルコの「独裁」はそれらの国と比べても緩やかなものだ。

今回の選挙で発足する国会には、自信回復したCHPと、議会に返り咲いたHDPが野党勢力として政権の動向を監視する。また与党連合とは言えMHPは独立政党として、AKP・政府と是々非々で臨むだろう。それ以上に国際関係は大統領の強権でどうしようもない。まして経済指標は正直で、通貨リラの低迷、物価の上昇、失業の漸増など予断を許さない。「G20」の仲間入りをしたとは言え、徐々に中進国の挑戦に直面しつつあるトルコでは、国民の活力を発揮するために寛容・寛大な社会政策が必要で、権力・富の集中だけでは行き詰まることを、トルコの優秀な官僚たちも理解し始めている。

権力集中を極めたエルドアン体制が、「国と国民の運命」をどう変えていくのか。その進路は、中東はもとより、欧州、コーカサス、中央アジア、そして世界のイスラム諸国に直接的な影響を与えていくことになろう。

(在イスタンブール=中東ジャーナリスト やまざき・よしひろ)

【現地レポート】トルコの選挙結果を読む〜かなり機能した民主主義〜

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