ポストコロナ

ポストコロナ 世界はどう変化するのか 〜UPF主催「ILC特別懇談会」の議論から〜 第7回

医療従事者の心が疲弊―もう一つの医療崩壊

text by 魚谷俊輔

「ポストコロナの世界—平和秩序と日本の役割」をテーマとするILC特別懇談会(主催:UPF-Japanほか)が2020年6月30日、東京都内で開催され、国際政治と家庭問題の専門家、ジャーナリスト、国会議員をはじめとする25人の有識者たちが活発なディスカッションを行った。このシリーズは、そこで有識者たちが出しあった様々なアイデアをテーマごとに整理し、換骨奪胎して筆者なりにまとめたものである。この論考が、平和大使1人ひとりがポストコロナの世界に対する展望を抱くうえで助けになれば幸甚である。

心も脅かすコロナウイルス

心はウイルスと同じで目に見えないが、我々にとって非常に重要である。ウイルスというのは生物と無生物の中間であり、非常に独特な存在で、しかも目に見えない。この不気味なウイルスの働きと、目に見えない人間の心の働きは、実はどこかでつながっている。いまわれわれは健康の問題としてウイルスに脅かされているが、実は心も脅かされている。個人個人もそうだし、「コロナうつ」とか「コロナ殺人」とか「コロナ離婚」がどんどん出てきており、コロナが人々の心と関係性に対して大きな影響を及ぼしている。

自殺の一歩手前でとどまっている医師、看護師も

日本は一応、医療崩壊を免れたという話になっているが、実際にはいま多くの医療従事者が苦しんでいる。今年の4月1日に開院予定だったある病院では、開院の直前にコロナが到来して、開院を半月ほど前倒しさせて「コロナ病棟」をオープンさせた。これは非常に迅速な対応であったが、そこから病院の危機が始まった。経営危機だけではなくて、多くの看護師や医療従事者が疲弊して、その多くが死を目前にしてぎりぎりのところで踏みとどまっている状態なのである。

その病院から医療従事者に対するメンタルケアの応援要請を受けて、オンラインで医療従事者に対する相談を行うことになったカウンセラーの証言によると、「もうやっていけない」「つぶれそうだ」「やめるしかない」「もう働けない」という人が無数に出ている状態なのである。自殺企図もあった。新しい病院の開院に当たって、非常に優秀なトップレベルの人たちが集まってきていて、彼らは非常に頑張っていた。頑張っているからこそ、追い詰められていくし、撤退することはできない。けれども自分の気持ちが動かない。気持ちが折れていく状態の中で、弱音を吐けなくなっている。どこかに弱音を吐くために、応援要請を受けたカウンセラーが受け口になった。

こうしてメンタルケアの専門家が4月からウェブ電話などで100件以上の相談に乗った。何をやるかと言えば、医療従事者がセルフケアをできるように助けるのである。彼らは患者さんの世話をするあまり、自分のことをケアできなくなっている。セルフケアをしなければ倒れるのは決まっている。セルフケアの必要性を話しながら、医療従事者の愚痴を聞いてあげるのである。愚痴の中身は怒りである。誰にもぶつけられない怒りであり、コロナに対する怒りである。コロナは目に見えないので、カウンセラーが代わりに聞いてあげる。相談は30分刻みで終わっているが、30分聞いた担当者はそのあと呆然としている。

カウンセラーの疲弊も深刻に

すると今度は、その担当しているカウンセラー自身が疲弊していくのである。そのカウンセラーをバックアップしなければ彼が倒れてしまうから、彼の話を聞いてあげる人が必要になる。怒りを飲み込んでいるので、どこかに吐き出さなければならないが、ゴミのように捨てることができないので、誰かが代わりに聞いてあげる。そうすると、その人も影響を受ける。そのまま行けば、家族に影響が行ってしまう。

4月からコロナ対応を始めたその病院では、わずか数カ月で既に何百人かの医療従事者が疲弊して、離脱しそうになっている。今後も対応が続けられるかどうかが問題となっているのである。そういうリスクにいま医療従事者たちは直面している。医療崩壊の問題は、病床数や人工呼吸器の不足だけによってもたらされるのではない。コロナに感染した患者のケアをする医療従事者の「心の崩壊」という形で押し寄せてくるのである。

(つづく)

医療従事者の心が疲弊—もう一つの医療崩壊

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