世界思想

過激な自由主義と民主主義の混乱示したパリ五輪

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過激な自由主義と民主主義の混乱示したパリ五輪

フランス・パリでのオリンピックが8月11日、閉幕しました。今回、多くの注目を集めた行事の1つがセーヌ川上で開催された開会式でした。それは、式典の記念パフォーマンスの一部が、平和を希求したオリンピックの精神に反していたからでありましょう。特に、レオナルド・ダビンチの名画「最後の晩餐」をパロディーにしたと思われる部分に対しては、カトリックの教皇庁が「キリスト者を含めた宗教者への侮辱である」との声明を出すに至りました。そして、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は、行事の一部に問題があったと謝罪することとなりました。

フランス人が誇りとするフランス革命に関する出演では、断頭台で処刑されたマリー・マントワネットの血塗られた頭部が大きく出現され、「平和の祭典」に相応しいのかとの議論を呼びました。

これらの行事が(エロ・グロ、殺人含め)全て「表現の自由」ということで片付けられるというのがフランス式の「自由」の考えなのでしょう!イスラム創始者に対する風刺画をきっかけとするテロ事件が起きた際に、マクロン大統領は「冒涜(ぼうとく)する自由がある」と言ったと伝えられています。

「自由」という概念がこれほどまでの広く解釈される時代はないのかもしれません。他人を冒涜するのも自由、人の自由を奪うのも自由、人の物を奪う自由…。過激な自由主義はチコ主義となり、ひいては人間社会を「ジャングルの論理」の中に落とし込むことになるのは間違いありません。自由が放縦となれば、世界は大きな混乱の中に陥ることでしょう。自由という概念は、「謙遜、他人の尊重、節度」といった概念を伴わなければ大きな混乱をもたらしかねません。

UPFの創始者、文鮮明総裁と韓鶴子総裁は「過激な自由主義は利己主義となり、やがては民主主義に大きな混乱をもたらす」と警告されました。そのようにして、欧米社会は下り坂を転がり落ちていくと、すでに1967年に警鐘を鳴らされていたのです。今、欧米がそのようになっていることに、厳しい危機感を覚えます。

一方で、日本では「信教の自由」が政府によって侵されようとする現実があります。信教の自由が侵害された世界は、異なった信仰や思想を持つ人への「不寛容で精神的にゆとりのない社会」をもたらします。

ヨーロッパの長い歴史は、異なった信仰間や異民族間の葛藤と殺し合いの歴史です。そうであるからこそ、信教の自由の問題に関しては大変敏感です。自由と民主主義の優等生と思われている日本で、信教の自由が侵害されている事実に、欧州の宗教学者は驚いているのです。それはまるで中世の魔女狩りを想起させるものです。そうした中で、UPFは豊かで寛容な社会、節度のある自由の花咲く世界を目指しています。

※2024年9月号世界思想より

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