世界思想

中国共産党の諜報活動|隠されてきた「謀略」に光を

aap_heiwataishi

中国共産党の諜報活動|隠されてきた「謀略」に光を

「中国の台頭を理解する上でわれわれに欠けているのは、彼らの諜報(ちょうほう)活動についての知識である」

この一文に本稿の結論が集約される。私たちは「彼ら」中国共産党の「諜報活動」をどれほど理解しているだろうか。現在、中国の脅威を疑う者は少なかろうが、中共(「中国共産党」の略)の諜報活動、「影響工作」「秘密工作」についての理解が甚だ不十分ではないか。このたび、そんな多くの人々の目を開かせる書籍が出版された。『スパイと嘘 世界を欺いた中国最大の秘密工作』(飛鳥新社)である。

本書は、オーストラリアの若手研究者アレックス・ジョスキ氏の著書の全訳日本語版だ(原著は2022年)。ジョスキ氏はなんと、現在28歳。10代の6年間を中国で過ごしたという。16年には、『目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画』(飛鳥新社、2020年5月)の著書、豪チャールズ・スタート大学のクライブ・ハミルトン教授の研究助手に。それから中共を「7年以上研究」し、本書の出版に至った。

本書の訳者で、地政学・戦略学者の奥山真司氏は、本書の「最大の特徴」を次のように指摘する。

「(中共のスパイ機関が)アメリカのシンクタンクや学界、そして政界に浸透していく様を暴き、それをいきいきと描いているやり方は実に見事だが、原著者のジョスキはそれをすべてOSINT(オシント)、つまり公開情報だけでその真相に追っている点が最大の特徴であろう」(訳者あとがき)

日本は「最優先の対象国」

本稿冒頭の1行は、まさにこの『スパイと嘘』からの引用だが、ジョスキ氏はこうも指摘する。

「諜報活動は中国共産党にとって権力と影響力の基本的な源泉となっている。その活動は意図的に隠されているため、忘れられ見過ごされがちだが、その重要性はいくら強調しても足りないほどだ」

本書では「中国共産党の諜報活動の中でも最も強力」で、かつ「これまで最も見落とされ、誤解され、無視されてきた」という「国家安全部の影響工作」を明らかにしている。1983年に設立され、「中国の最高諜報機関」とも言われる国家安全部。ジョスキ氏は「国家安全部の活動を正しく分析すれば、党の内情や野心について比較にならないほどの洞察を得ることができる」と指摘する。

中共が国家安全部などを通じて、「党の支配を拡大することを目的」に、いかに「世界中で北京の意向に沿った行動をとってくれるような友好的な人脈を構築」してきたか。その影響工作の実態に驚かされる。

また、本書(邦訳版)の「附章:日本」も必読の内容である。特に、国家安全部が運営するフロント組織「中国国際文化交流中心」を通じた、安倍晋三元首相夫婦へのアプローチに驚愕(きょうがく)させられるはずだ。私たちは中国との「民間交流」における、ジョスキ氏の警告を肝に銘じる必要がある。

「『民衆間の交流』は諜報活動や秘密の影響工作を隠すために使われていた。今日の中国共産党の下では『真の民間交流』というものは存在しない。ましてや中国の諜報機関によって秘密裏に管理されている組織との交流は、その真逆の存在なのだ」

本書で日本について直接的に言及しているのは附章だけだ。ジョスキ氏は奥山氏とのインタビューの中で、「次に本を書くとすれば、日本を標的にした中国の諜報活動の歴史について書きたいと思っています。なぜなら、中国共産党が政権を握った1949年以来、日本は中国にとって最優先の対象国だったからです」と述べている(「月刊Hanada」2024年10月号)。

「中国共産党の人間」を知る

ジョスキ氏の次回作にも期待したいが、すでに2022年9月に出版された、ジャーナリスト門田隆将氏による『日中友好侵略史』(産経新聞出版)も参考になる。

その中で印象深いのが、門田氏が「20代から30代にかけて」直接話を伺ったという、佐藤慎一郎・元拓殖大学特任教授(中国論)の言葉だ。

「日本人は中国人のことを知らなさすぎる。そしてもっと日本人が知らないのは、私たちが思っている中国人と中国共産党の人間はまるで違うことだ。中国共産党が言っていることを信じているレベルでは、日本人は将来、とてつもなく不幸を背負うことになる」

私たちも「中国共産党の人間」のことを「知らなすぎる」と、率直に認めざるを得ないだろう。さらには、日本と中国、台湾にとって大きな転換点となった日中国交正常化交渉(1972年)についても、その深層をどれだけの日本人が理解しているだろうか。門田氏は、「すべてを調べ上げて国交正常化に向けて緻密な戦略を練っていた中国。一方の日本は、中国の事情を知ることもなく、この場に『飛び込んできている』のである」と、当時の両国の違いを端的に指摘している。

諜報機関に詳しい歴史家の言葉を借りれば、「諜報機関というのは、一党独裁国家の中心に存在するもの」だ。今日に至る中国共産党の発展と、謀略・諜報活動とは切っても切り離せない。中国共産党の本質を改めて理解するとともに、防諜活動(カウンターインテリジェンス)の重要性についても理解を深めたい。

世界思想2024年10月号「今月の1テーマ」より

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