#7 韓国から見る核・ミサイル問題<下>
魚谷事務総長の時事解説
#7 韓国から見る核・ミサイル問題<下>
- UPF-Japan事務総長 | 魚谷俊輔
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1964年生まれ。千葉県出身。東京工業大学工学部化学工学科卒。95年に米国統一神学大学院(UTS)神学課程を卒業。2000年に日本に世界平和超宗教超国家連合(IIFWP)が創設されるにともない、事務次長に就任。05年より、国連NGO・UPF-Japanの事務次長、17年8月より同事務総長。
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ここで韓国民の対北朝鮮感情の変化を歴史的に概観してみましょう。いまからは想像することもできないかもしれませんが、1960年代までは北朝鮮の方が韓国より豊かな国でした。北は鉱物資源に恵まれ、社会主義国からの支援もあったからです。
しかし韓国の朴正煕政権は、1965年の日韓国交正常化を契機に「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を実現します。このとき、日韓条約締結の条件として日本側が提供した無償3億ドル、有償2億ドルの「経済協力金」(事実上の賠償金)を、朴正煕政権は浦項総合製鉄所や昭陽江ダム(発電所)の建設など、韓国の工業化とインフラ整備に使用しました。これが「漢江の奇跡」の起爆剤として作用したと言われています。
その結果、1970年代に南北の経済力は逆転します。1980年代後半に入ると、冷戦終結によって北朝鮮は社会主義国家群の後ろ盾を失い、経済難に陥っていきます。1990年代には飢えと貧困に苦しむ北朝鮮国民の姿が韓国のテレビで繰り返し放映されるようになり、それまで反共教育で「恐ろしい敵」と教わってきた北朝鮮は、「援助すべきかわいそうな同胞」に変わっていきました。一方で韓国は順調に経済発展を続けたため、2000年代には韓国の一人当たり国民総所得(GNI)は北朝鮮の20倍に達しました。
経済発展して豊かになった韓国の国民がいま最も恐れるのは、戦争勃発による被害を受けることです。1994年の第一次核危機のとき、板門店で南北会談に臨んだ北朝鮮代表が「戦争になったらソウルは火の海になる」と発言しました。北朝鮮は軍事境界線の北側に大規模部隊を配置しているので、戦争が起これば真っ先に被害を受けるのは韓国人です。さらに軍事衝突が起きれば、韓国経済にとって大きなマイナスになります。
韓国人の本音としては、統一は望ましいが、北朝鮮の貧しさと自分たちの豊かさを考えると、早期統一には躊躇せざるを得ません。「東欧の優等生だった東ドイツでさえ、西ドイツは高い統一のコストを払った。韓国が北朝鮮を支え切れるはずがない」と思っているのです。統一のコストは韓国のGDPの2倍を超えるという試算もあります。こうしたことから、現状維持を望む韓国民の心理があることは否定できません。
現在、北朝鮮の核問題をめぐる韓国世論は完全に分裂しています。保守系最大野党である自由韓国党代表の洪準杓氏は、「核には核で対抗しなければわれわれが生き残る道はない」と訴え、在韓米軍の戦術核を韓国空軍の戦闘機に搭載して共同訓練すべきだと主張しています。政府はもちろん韓国の核武装には反対していますが、世論調査では国民の6割が賛成という結果も出ています。
一方で韓国の左翼勢力は、北朝鮮の核を口実に米国が北東アジアにおける軍事的プレゼンスを強めることに反対しています。彼らにとっての脅威は北朝鮮ではなく米国なのです。韓国の左翼活動家は、「朴槿恵前政権の積弊を清算すると言っていた文大統領が高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)の追加搬入を決断したのは許せない。THAADは米国が北東アジアで軍事的優位を保つためのもの。韓国は軍事的に米国の植民地になってしまった。」と嘆いています。韓国の国民世論は左右に分裂して拮抗し、対北朝鮮問題に対して国論を一つにまとめることができずにいます。