#22 国学と復古神道

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いまさら聞けない「神道の基礎知識」

#22 国学と復古神道

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UPF-Japan事務総長 | 魚谷俊輔

1964年生まれ。千葉県出身。東京工業大学工学部化学工学科卒。95年に米国統一神学大学院(UTS)神学課程を卒業。2000年に日本に世界平和超宗教超国家連合(IIFWP)が創設されるにともない、事務次長に就任。05年より、国連NGO・UPF-Japanの事務次長、17年8月より同事務総長。

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今日「神道」と呼ばれる体系が確立したのは、大和朝廷が唐にならって律令制を導入した時代でした。これは大陸の進んだ政治制度を取り入れるということでしたが、それと同時に入ってきたのが大陸の進んだ宗教である仏教でした。したがって、神道が確立されるプロセスは、同時に日本において仏教を受容するプロセスと重なっており、両者は互いに融合して「神仏習合」という日本固有の宗教伝統を作り上げました。

こうして日本では神と仏を一緒に祀ることが普通になったわけでありますが、こうした宗教伝統の習合自体は、日本に限らず世界中の至る所で発見することができます。どんな宗教も、他の伝統とまったく交わらない孤立無援の状態で存在するわけではなく、他の思想や宗教との交流の中で発展していくとすれば、その影響を受けて変化していくことは避けられないからです。旧約聖書のヤーウェに対する信仰が、カナン人の宗教であるバアルやアシュラの崇拝と混じったことや、キリスト教がローマの宗教やゲルマン人の宗教と混じったことも、こうした現象の一つと考えることができます。

しかし、こうしたプロセスが一通り進行すると、今度は他の思想や宗教からの影響を「不純」なものとして排斥し、「原点回帰」しようとする傾向が現われるようになります。カトリックに対するプロテスタントの出現も、リベラリズムに対抗して出現したファンダメンタリズム(根本主義)も、キリスト教信仰における一種の「原点回帰」ということができます。同様に、神仏習合や儒家神道といった外来思想との混合状態から、国学の影響を受けて「復古神道」が現われたのも、一種の「原点回帰」の現象ととらえることができるでしょう。

復古神道とは、国学者が『古事記』『日本書紀』などの古典をよりどころに定め、儒教や仏教を交えずに神道を説明する思想を言います。

本居宣長(もとおり・のりなが)は、従来の神道説にみられた仏教や儒教の影響を「漢心(からごころ)」と批判し、神道の人為的な解釈を「さかしら(利口ぶること)」として避けました。そして、天照大御神が伝えた人のよるべき道が神道であると主張しました。平田篤胤(ひらた・あつたね)は、「祭政一致」を唱えて天皇の積極的な政治関与を主張し、幕末の尊王攘夷思想と王政復古に大きな影響を与えました。

こうした国学者による「復古神道」の思想が、明治維新の思想的原動力の一つとなったので、明治政府が「神仏分離令」を出し、「国家神道」を確立したのは思想的必然であると考えることができます。

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